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東京地方裁判所 平成7年(特わ)17号 判決 1995年6月29日

本籍

東京都渋谷区上原二丁目四二番

住居

同都同区上原二丁目四二番二三号

モンテベルデ代々木上原一〇二号

会社役員(元弁護士)

井上智治

昭和三〇年三月七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官長島裕、弁護人山田宰各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区上原二丁目四二番二三号モンテベルデ代々木上原一〇二号に居住し、第二東京弁護士会所属の弁護士であったものであるが、自己の所得税を免れようと企て、株式等譲渡に係る架空の譲渡原価を計上し、弁護士報酬の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、平成二年分の総合課税の実際総所得金額が一億一三九一万一〇七九円、分離課税の株式等の実際譲渡所得金額が一四億二二二七万二九七二円(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、東京都目黒区東山三丁目二四番一三号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総合課税の総所得金額が九八五五万五二四二円、分離課税の株式等の譲渡所得金額が八億五三四一万〇九九九円で、これらに対する源泉徴収税額控除後の所得税額が合計一億五八三三万一三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成七年押第四二一号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億七九七八万一三〇〇円と右申告税額との差額一億二一四五万円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書八通

一  中村嘉徳、小松孝広、小林和之及び井上朗の検察官に対する各供述調書

一  梶原聖二の大蔵事務官に対する質問てん末書

一  大蔵事務官作成の譲渡収入調査書、譲渡原価調査書、仲介手数料調査書、租税公課調査書、雑費調査書、支払利息調査書、貸倒損失調査書、弁護士報酬調査書及び領置てん末書

一  検察事務官作成の譲渡収入金額、譲渡原価金額、租税公課金額、支払利息金額、弁護士報酬金額及び税務署所在地についての各捜査報告書

一  押収してある所得税確定申告書等一袋(平成七年押第四二一号の1)

(法令の適用)

※ 以下の「刑法」は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当する(ただし、罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)ところ、所定の懲役刑と罰金刑を併科するとともに情状により所得税法二三八条二項を適用し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、弁護士であった被告人が、平成二年中に得た一四億円余の株式譲渡利益につき、合計五億八〇〇〇万円余の架空原価及び架空売却損を計上して、その利益を圧縮し、弁護士報酬の一部一五〇〇万円余を除外するという方法により、同年分の所得税(総合課税分と分離課税分)一億二一四五万円をほ脱したという事案であり、ほ脱税額は決して少ないとはいえない。犯行の態様はかなり巧妙で悪質というほかないし、動機にも特に酌むべき点はない。また、社会正義の実現を使命とする弁護士が専門知識を悪用して脱税したのであり、その社会的影響も軽視できない。

しかし、本件のほ脱率は、源泉徴収分を加えて計算すると約三六パーセントであって、起訴された脱税事犯の中では比較的低い部類に属すること、被告人は、国税当局の査察を受けて以来、事実を認めて反省の態度を示していること、被告人は、東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、弁護士としてもめざましい活躍をし、社会的にも多くの貢献をするなど、順風満帆ともいうべき人生を送ってきたものであるが(前科前歴もない)、一時の出来心から本件犯行を犯し、これが発覚して報道されたため、これまで積み上げて来た社会的信用を大きく損ない、すでにかなりの社会的制裁を受けており、起訴前に所属弁護士会に退会届を提出して弁護士登録を抹消され、以後謹慎生活を送っていること、国税当局の指導に従い、本件の所得税は重加算税等の附帯税を含め完納していることなど、被告人のために有利に斟酌すべき事情も認められる。

当裁判所は、以上の事情を総合考慮し、被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処し、懲役刑の執行を猶予するのが相当と判断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円)

(裁判官 安廣文夫)

別紙1

所得金額総括表

<省略>

修正損益計算書

<省略>

別紙2

ほ脱税額計算書

<省略>

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